かみさま みていてください

 木もれ日が好きなもので、この4月はそれぞれの隙間時間をぼーっとすることに当てるように努めてみました。午前保育のあとの昼食どきとか、朝の庭の水やりのときとか、さくらの枝や葉の陰と日の光が、園庭の白い砂地にさわさわと揺れている様は、格別な味わいです。無意識にその中で過ごしている子どもたちだけれど、この天幕の中で育った日々と、そうでない中で育った日々は、その後にどんな異なる道を引いていくのであろうかと、そんな想像をよくしてしまいます。

 

 新入のお子さんも加わって、幼稚園はまたにぎやかになりました。生まれて3年数ヶ月のお子さんが、遊具に登ろうとしている同級生を、「そこにつかまるんだよ。」と語彙が少ない中で、精一杯声をかけ応援している姿を見かけようものなら、もう感激してしまいます。子ども同士共感しあっているのですから。人間ってすごいな~。やっと登れて、周りを見回したら高くて怖くて、すぐ「下ろして~」であっていいんです。これが出来たら、さあ次はこれへチャレンジ!と期待しちゃうことは、往々あるかもしれませんが、水戸幼では今のステップをさわさわと喜びます。息をすって~はいて~という間合いが、子どもたちの生活には必要なのだと思うからです。ゆっくり行こうよという感覚です。一方身近な自然界で、さわさわした流れが突風になって、今日は怖いし大変な日だわという時がありますよね。子どもたちの関係性でも、そういう時はあります。お互いうまくつながらず、心がざわざわしてどうすれば平常心に戻れるのか、舞い上がって興奮して、きつくなっていく。

 「それじゃ、庭をマラソンしてこよう!」とすすめて走り抜け、キャーキャーと散々した挙げ句に、一休みしようとテラスでお気に入りの図鑑や、絵本を保育者と見入って、トーンを下げてお部屋に入る。「ぼく、恐竜になりたかっただけなんだ。」なんて、自分の行動のきっかけをぽそっと表現する時が、その後あったりすることもあって、そんな理想的な流れを意図しながら、旨くいく日もあれば、あ、失敗しちゃったという大転けもあったり。

 そんな毎日の日々が、また一年始まります。そうそう、さくらの幹にはヨコヅナサシガメの大一家が生息しており、子どもたちに大反響でしたが、あの刺すと強烈に痛い虫が、実は毛虫を補食してくれている大切な存在であって、触らないで見るだけならいいということを学んで、子どもたちは過ごしていきます。生きものの世界からも私はどんなことを学ぶのでしょう。キンダーガルテンでの一年です。

園長 松本晴子