ひらひらと

小さい頃からこもれびが好きでした。ブリキのバケツの中に水をためて、その中を覗くと、ひらひらと輝く美しい世界がみえました。ルノアールの名作『ぶらんこ』も、画集を開いて見ているだけで、そこに立っているような気分になりました。今でもそれは変わりません。幼稚園にいると、季節によって、時間によって、こもれびがあちこちに現れます。子どもたちは、まだこの言葉を知りません。ですから意識しているとはいえないのですけれど、晩秋のさくらの枝から洩れる日差しのしんみりとした温かさに、子どもたちの心がほどけていく。そのことを感じるとき、この時期のありがたさを知るのです。

先日幼稚園に、2年前の教育実習生の男の子で、茨城大学の大学院に教育学専攻で進学したKさんがやってきました。小学校の前の子どもたちがやはり基本と、生活する姿から学びたいとの希望からでした。2年前3歳児だったTちゃんが、
「あれ、Hくんたちと戦いごっこしていた人だよね?」と声をかけていて、Kさんはびっくり!
「覚えていてくれたの?!」
というわけで、Tちゃんは仲間を集めて、さくらの枝の下の木もれ日の中を、Kさんも交えてのリレーをリードしていきました。その丁寧な采配ぶりに、目を見張ります。年齢のひとつ小さい光組の方には、付き添って説明。そのおっくうがらない行動と態度に、子どもたちはTちゃんなら安心というまなざしを既に持っているのです。でも、相手を配慮するキャパをもっているTちゃんでも、苦手なことはあります。そうなのです。こもれびにほっとするのは、葉陰を通しての間接的な太陽光だということがあるのかなと思うのです。人間関係もそうで、ストレートな太陽光より、微妙な陰影や強弱があるから耐えられるのかなとも思います。預かり保育の3歳児のお子さんが、はたと、西日が弱々しく斜めに刺す光に気がついて、「これってもう夕方ってことなの?」と口にしたそうです。ママは遅いんだね。。。と  〈 あ~、今の子どもだって外で過ごせればちゃんとわかるんだ。地球っていう星で暮らしているということを。〉晩秋だからか、こんな文章になりました。そうそう、こどものともの年中版『あ あ』の世界と作者の大槻あかねさんに、今惚れ惚れしています。この方もきっとこもれびの人です。                 園長 松本晴子