2008年11月号

体中から気づいていく世界


一段と冷気が流れ込み、桜の黄色い葉も終わりを告げる朝、11月の半ばでしたが、床暖房のスイッチを入れました。ひやっとする床がゆっくりと暖まりだし、なんとも居心地よくなります。エネルギーも限られている現代、無駄遣いはしないようドアをまめに閉め、10時にはスイッチがoffになるようにしています。が、こういうなかですと、室内は裸足になってしまうお子さんが日によって何十人もいますし、日差しのある日は、まだまだ裸足組のメンバーが庭で素足をきらめかせています。足の指の動きを見ていると、よく裸足になっている子どもの指は、手の指のような(と言うより目の代わりをしているかのような)動きをして、地上の物を足で感じ取っていきます。自分から喜んで使うということが、能力を伸ばすことはよく知られていますが、足の指や足の裏が活躍できる幸せを思います。
私のお気に入りの本に『クワイナー一家の物語』(福音館)というシリーズ物があります。
あの『大草原の小さな家』の母さん(キャロライン)の幼少期の生活が描かれている作品です。昔の日本もそうでしたが、開拓農民の子供達は普段裸足で外でも生活をしておりました。ブーツをはくのは、教会へ礼拝に行く時、町へ買い物に出る時、知り合い宅へお茶に招かれる時等々、限られていました。裸足で歩く描写が度々出てきます。木の根っこが張る小道、水を汲みに行く岩場、橋のない小川、畑、鶏小屋。足は彼女が家族と生きている大地を、彼女とかけ離れたものではなく、自分自身の心や生活とつながった故郷として、心に刻み込む働きを毎日担っていくのです。
泥だらけになって過ごしたとしても、家庭のリズムが規則正しく刻まれ、敬うものが親にあり、限られた中で精一杯生きることを楽しもうとする姿がある家族は、子どもの光り輝く芯を壊さないようです。ちなみにキャロラインの母はたくさんの子どもを抱えて、父親の死後すさまじい人生を淡々と送っていきます。その生き様にとても力を頂ける本です。興味のある方はぜひ手にとってみてください。
園長  松本 晴子

見てる 聴いてる 感じてる


最近「先生、髪の毛クルンとなっててかわいいね。」と、ある子に言われました。「ありがとう。」と返しつつ、「トリートメントの効果かしら…?!」と独り言。大人をよく見ています。より素敵な自分になりたくて、子ども達は感性を働かせているのです。その感度の良さには度々驚かされます。そんな中からお分かちしたいと思います。

【1】イス取りゲームで
イスに座れない子が出た瞬間、「惜しい!!」「残念!!」と、思わず声を上げる私の側で「よく頑張ったね!!」という声。ハッとして振り返ると、A君が応援宴席に戻ってくる一人一人の肩を軽く叩きながら、声をかけながら迎えていたのです。声の調子には仲間をねぎらう気持ちが溢れていました。感心していると、しばらくして、担任の声が耳に入ってきました。ずっと小さな声でしたが、同じ言葉!! 
【2】クリスマスの準備で
「家のお父さん、毎日イルミネーションの準備してる。」「へぇ、お仕事から帰ってからしてるの?」「うん!! ご飯を食べたら準備してる。」「お仕事で疲れているんじゃないの?」「うん。でも、やらなきゃ終わらないでしょ。」「終わらないの?」「だって、これで良いかなって、見たり、試しに電気つけてみたり、やることが一杯あって大変なんだから。簡単にはできないんだよ。」「大変なんだ…。」「でも、綺麗にできたら、みんなが喜ぶでしょ。」「そうか、お父さんはみんなを喜ばせたいから頑張るんだ。」「そう!!」

子ども達は身近に関わる大人をモデルとして、いろいろ感じ考え学んでいます。誰かに優しい言葉をかけたり、誰かを喜ばそうと頑張ったり……人を思いやる姿は子ども達の目にとまり心にとまって、子ども達を育てていくのですね。
深谷 幸代

つくしっこクラブ
友だち追加