2013年10月号

とりくむきっかけ


運動会が終わって少しゆっくり時が流れるはずでしたが、台風の影響で寒くなったり、風が強かったり、なかなか秋晴れがやってきません。大人は曇り空の下では元気が出にくいですけれど、幼稚園の子どもたちは庭で遊べるとわかれば、いそいそと飛び出していきます。5歳児望組は、縄跳びにチャレンジする姿が増えました。保育者が個別にやりかたのこつを伝えて素直にやってみるお子さんは、一回跳べた!というところへつながりやすいです。「一回跳べたじゃない。素晴らしい!」とほめられれば、嬉しさからしばらく練習を続けていきます。一回が二回、三回となるごとに喜びは増加して、あ、波に乗れたなとこちらは他の方へと心を移します。
でもやる気の炎は人それぞれのなのです。縄跳びへ気持ちが向きにくい方もいます。たぶん「とべないな~…」とやる前にあきらめてしまっている。失敗すること、出来ないことをいけないこと、恥ずかしいことと認識してしまっているお子さん。だからチャレンジする機会が減ってしまう。
そんなとき2階からのらせん滑り台が登場します。よく室内でブロックで遊んでいて、満足しているのか外に出にくいメンバーを動き出させる代物です。クラスみんなで、2階の踊り場から滑ることに集中していきます。坂になっていたって、その日の気温、湿度、服装の素材などで滑り具合は変わります。一回目、二回目の体験を経験としてしまう子どもたちはすごいものです。今日の自分はどうやったら滑れるかをすぐさまチャレンジし始めるからです。縄跳びよりずっと敷居は低く、チャレンジしてるなんてきっと誰も意識していないはずです。それなのに何回も階段を上って筋肉を使い、違うパターンで滑り降りてくる。仲間の中にいつの間にか取り込まれて、げらげら笑い合っている。平衡感覚、スピード感、高さへの感覚、位置の把握、危険の回避。まだまだ育つ事柄が含まれています。並ぶこと、待つこと、多少の痛みは我慢すること(連なって押される感覚)、感じたことを言葉にすること、共感を求めること。
スリリングな時は、臆病な方を育てていきます。次に外で縄跳び教えてあげるから行こうよ!と話しかければ、やってみようかな…と思うかもしれません。ま、炎はそれぞれでいいんですがね。
園長  松本 晴子

可能性 かのうせい KANOUSEI


フィッグス博士がノーベル賞を受賞します。博士の仮説は50年もかけて証明されました。それに関わる全ての可能性について完全に否定することよりも、その可能性について証明することの方がより易しいとはいいますが、真理探究のためとはいえ50年もよく頑張れるものだなあと感心してしまいます。研究者は違うんですねぇ。

★自由な発想の可能性を妨げない者であろう…
アトリエトトロの活動で、紙粘土で作ったヘビを網の目のように繋いでいって平らなレリーフを作り、海苔巻きのようにして筒状のランプシェイドを作る計画を立てました。こちらの予想に反して、子ども達はハートとか花・太陽と言った形から作り始めていくではありませんか。「どこでつなぐ?」「どうつなぐ?」「それで立つかな?」 慌てて、「それじゃバラバラになってしまうから、ちょっと補強しとくね。」 先回りする私には彼らの作品の可能性を読み取りきれません。固まるまでドキドキでした。覆われていた紙を取り除くと、思ったとおりの造形をやり遂げた素敵な作品が現れてきたではありませんか。すごくホッとしました。(子ども達の取り組みを否定しなくてよかった…。)

★CMではありませんが、「可能性は0ではない!!」という視点大事です
9月、地植えにしていた葉牡丹のわき芽を花瓶に飾りました。暑さのせいもあって、茎がブヨブヨ(腐って)になってきました。そのまま捨ててしまうのも惜しく思われ、土に植えてみました。毎日葉を触ったりして様子を見守っていると…。ひと月経っても枯れないのです!? そして、しおしおしていた葉が日増しにシャキッとしてきたのです。あんな状態から、また根を張ったなんて、にわかには信じられませんでした。普通なら捨てられても仕方ない(可能性0と思われる)ものの中にこんなに力が残っていたなんて驚きです。ましてや、子ども達の成長を考える時、直すべき点より良いところ(可能性)に重点を置かなかったら何も始まらないと改めて肝に銘じました。

虹組担任 深谷幸代

つくしっこクラブ
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