新しい年が始まりました。水戸幼稚園の生活はオープンなダイアローグを試みることが続いています。コロナの時代に広がったのは、一つはタブレットやPCであり、ギガスクール構想により学校ICT環境を整備・活用すること。ねらいは教育の質を向上させ、全ての子どもたちの可能性を引き出すというもの。もう一方が対話することでした。家族が、職場が時間を取って話をし、聞きあう。オンラインであっても同様ですが、話すものと聞くものが順番子にしあうものでした。
残念なことに、スマホやタブレットに長時間接して生成AIに相談することが24時間の中の一定時間を占める割合が、おとなも子どもも増え、AIに反して人間の学力というものの平均値は、世界的に下がっていく傾向とわかっているそうです。流れていくものに身を任せ、考えるところまでいかないということでしょうか。ですから、私は庭で拾った小さな実を箱に入れなくちゃ!と、空き箱入れを物色して、「この箱は(中が)暗くてよく見えないよ~、こっちの大きい(幅のある)箱にする。」なんて言いながら、空き箱のふたを開けてのぞきこむ3歳児さんを見たりすると、舞い上がるほど嬉しくなったりするのです。考えてる、考えてる。
思い巡らすということばが好きです。思い巡らす 時 も好きです。思い巡らす 空間 も好きです。先般亡くなられた久米宏さんが、テレビ局のデスクでデスク上の紙を見ながら考え事をしている若き時の写真が、一瞬画面を通り過ぎていきました。「考えて考えてこの地球にとってやれることをぼくはやる。死んだ後のことは、その後の世代が考えてくれればいい、そう思っています。」徹子の部屋でのことばに、心でうなずく私でした。 松本晴子