今年はブランコをよく押しています。最近のブームはブランコを押しながら、そのお子さんたちと旅をするストーリー付きのあそびです。今日は大阪、昨日はロシアというように、シートベルトを着用くださいから始まって、「お昼は洋食ナポリタン、和食お寿司どちらをお選びになりますか?」というように私がアテンドしやり取りを広げ、各地まで揺れながら想像をお互いに広げるのです。やりとりのおもしろいこと。青い空の元開放されていくのは、子どもばかりではありません。
ときたま、遊んでばかりで子どもはしつけられるのかというような不安や、小学校で着席していられようになるのかという問いを紙面で見たりします。どうなのでしょうね。私は園では遊んでいる小さな方々の中に、日々きらめく何かを感じると、そのことを喜ばずにはいられない気持ちになります。なのでやっていることに一緒に夢中になって、保育者の「そろそろお部屋に入るからお仕舞にしよう~」という声が聞こえても、そのままやり続ける時もあります。よく言うところの切り替えが苦手な姿です。お部屋ではお弁当の準備が始まっていますが、当園では「おかえり」と普通に声をかけるだけで済んでしまう場合が、ほとんどです。子どもたちもです。そうすると、遅れて始めることは特に問題ごとにはなりません。私もその方も、トイレに行って手を洗い、お弁当の用意をしてお祈りをして着席して食べだし、普通におしゃべりし、片づけて~となります。もちろん歯磨きを意図的にさぼっていることに気づいたら、はみがきをやってからあそびましょ。と話します。行動を起こすか起こさないか見守っています。磨くことを選んで行動を起こしたら、「気を取り直したことを認めます」。そしてまた気持ちも身体もニュートラルなまま、先のことに進んでいきます。
応用行動分析学の支援法に「ポジティブ行動支援」というのがあって、と朝日新聞(デジタル)に載っていました。叱られてばかりの学校人生だった奥田さんという筆者が、その方なりに心理学を学んで編み出した手法は、どの方をもOKと感じさせる力があるようでした。着席していても野次を次々とばす国会風景を見ていると、着席出来て高学歴であってもな~と考えたりもいたします。私はあそんでばかりでも何も問題ないとやっぱり思うのでした。 松本晴子