孤立よりも

2020年が始まっていきなり、きな臭い空気に満たされます。イランは、アメリカが先に仕掛けたのだから仕方がない。同じかそれ以上の報復はするけれど、それが済めば戦うことは良しとしないと、声明を出しています。真珠湾開戦の時の日本とアメリカとはスタンスは異なるのかな。。。?との思いがかすめます。それでも、戦争が起こるのかもしれない。日本は自衛隊を派遣することになるのかもしれない。。。と、気持ちは重苦しくなっています。もちろん笑顔で過ごしていますが、内心は大人は、為政者は本当にわかっているのかと、怒りをぶつけたくなります。ミサイルが爆発することで、にんげんはじめ、どれだけの地上の命が傷つき、大気は汚れ、地球温暖化には拍車がかかり、山火事はますます増え、人間の力で自然をコントロールすることが、どんなに科学の力を駆使しても無理  という臨界点に、崖っぷちに立つ日がそれだけ近くなるということなのに。

幼稚園で苗を植えた稲の藁を使って、T先生がリースを作ってくれました。最初はしめ縄と口にしていて、「う~ん。しめ縄ね、一応キリスト教の思想を底辺にしている幼稚園だから、神道で使うしめ縄より、リースがいいかな!」と、アバウトな私が話したら、快くリースを作ってくれました。見事なものです。それがいくつかあったので、五輪のマークに並べてみました。5つの大陸の国々がそれぞれくっつきあって、スポーツを通して交流しよう!(連帯)というのが、意味合いとのこと。くっつきあうと、今の世界は傷をつけあうがさがさとした肌触りのようです。まさに縄でこすれるような。いたい いたい。それでも傷がついても、そばにいって、どうしてそうするのかな、話してくれる?と言葉をかけ、肩に手をかけ歩みよることは、孤立してオレ傷つかないで自分のことだけ考えっからと、離れていく関係性より必要かな。。。と思います。

人間を恐れるコアラやカンガルーが、山火事の熱波で生死の中を彷徨い、人間に近づいて水をもらっていました。ごくごくと飲み続けるさまは、限界を超えて寄り添う方を選んでしまう生き物の在りようのように思えて、すごく印象的でした。子どもはまさにそういう存在です。くっつきたいのです。信頼して。  園長 松本晴子