当事者であるということ

3月の時期になると卒園が見えてきて、目の前にいる5歳児望組のひとり一人が、入園した頃どうだったかしら?とふり返ることがあります。大方は毎日夢中で過ごしているので、よくは覚えていないのですが、ちょっとしたことでよく泣いてしまっていたね。お母さんを恋しがって後追いしていたね。大きいお姉さんにくっついて、そばでいつも見ていたね。椅子に座るの苦手だったね。はだしになるのを怖がっていたね。給食で食べられるものを見つけるのが容易でなかったね。。。というように、一見マイナスの評価をしそうなことが、一杯散りばめられていたように思います。トイレの自立しかりです。保育者は身体一つですから、あれもこれもとはいきませんが、その方の今の困っていることに気がついて、毎日毎日付き合ってきたのだな~と思います。付き合うという姿勢になれば、これらはマイナスの出来事ではなく、他者と考えられる「豊かな可能性のある出来事」という方向性になるのだと思います。苦労はどうみていくかという視点によって、変わるものなのだろうな~と思うからです。

今、自信をもって自分からやっていることは、園の保育者や仲間達に認めてもらえること!と信じてやっていることです。小学校では新たなやってみたいこと、やってはいけないことを理解していくのでしょうが、いつもお伺いをたてるのではない、素直なやりたい気持ちを覚えていて欲しいと願います。誰かのために、国家のために行うのではなく、自分の喜びのために、自分を輝かせるために、助け手を得ながら、不安なことをも豊かな可能性に変えていけるのだと、ここに記しておこうと思います。

園長 松本晴子