先日、大変不思議な時間を過ごしました。昼食後の陽だまりのような午後、ぼんやりテラスにいた私に、くっつき虫を一つ指先につまみつつ近づく影。ぽーんと投げて私の服の袖口にくっつくと、満面の笑みでうれしそうです。そのあと、くっつき虫の爆弾に手を伸ばす姿が視界に入り、「それはだめ!それは苦手なの」と口走る私がいました。くっつき虫とは虫ではなく、『コセンダンソウ』という山吹色の花を秋口に咲かせる植物です。花はそのあとチクチクした姿に変わり、その後はじけてトゲトゲの針になって、色々な生き物にくっついて移動して子孫を各地に残していくようです。
テラスの前にあえて成長させたのは、この私です。昨年たまたま大きくなって、子どもたちに『くっつき虫』って知ってる?と紹介し、私が小さい頃遊んだように取って投げ合っていっとき遊んだのでした。
今年はあっという間に標的になってしまったので、靴を履いて庭の奥へと移動して、服についたものを落ち着いて落とそうとしていると、そうはさせるものかと追いかけてきた面々が。そこから10名弱の子どもたちが入れ替わり立ち替わり、3歳から6歳まで入り混じって手に引っ付き虫を握りしめ、あるいは茎ごと折ってくっつき虫を引っ提げて現れ、私との合戦となったのでした。私もばんばん投げ返し、小さい方にはここについてるよ!と教えてあげながら、暴挙の手前で済むようにコントロールを注意深くしながら、10分弱必死に戦ったのでした。雪合戦を思い出してください。まさにあの醍醐味です。子どもは大人をねらいたがります。そしてうまく当てられリアクションを得られれば、とても喜びしてやったりと万能感に浸ります。仲間が何人もいて、一人でないというエネルギーに満たされ、『今』がぎゅっと凝縮して溢れるような時が生まれます。そうです。『祭り』『祝祭』です。
「ひと」という生き物が太古から意味を見出して時折『祭り』のような儀式を延々繰り返してきたのには、理由がある。ああ今日のこのいっときは子どもたちとの祭りだったんだ…と思い至ったのは、家路へと向かう車を運転しているときでした。
「ピピー」とホイッスルを鳴らして、これで終了と現世の帳を開いて、おひらきになりました。たぶん私はこの日の光景をしばらく忘れないと思います。まさかこんな展開になるとは、誰が想像したでしょう。いい時間でしたと今は言えます。松本晴子