2025 年度の通常の保育が終了しました。当園がめざす「多様性と包摂」を日々悩み試行しながら実践する日々でした。スタッフそれぞれ励みました。
3月23日の朝日デジタルに臨床心理士の東畑開人さんの記事が載っていました。≪知人の児童養護施設の心理士から聞いたことだけれど、少人数制になって子どもたちと大人が丁寧に関われるようになると、子どもは表に出せなかった苦しみを外側に出すようになる。それは信頼できるかも…という希望が見えだすからだ。ただその出し方が暴言や暴力だったりするからおとなも子どもももがく日々を送るようになる。暴言や暴力は本当はSOSでもある。だから問題が起きることは、悪いことではない。封印され続けることの方がよっぽど悪い。≫
この文章を読んで、私は大いに励まされました。保育の現場は生まれて数年の初めて集団に出る方、地域での体験や家庭状況もそれぞれで、お子さんは不安な心と身体で園に登園し始めます。持ち味も様々です。普通に育っていてもSOSを出したい事態だらけです。私たちスタッフはアタッチメントの観点から「安心の基地」として不安が高まったら戻ってくることにOKを出し、乱れた心身を見守り、時間をかけ話が聞ける時は耳を傾け、波打っていた表現が落ち着く瞬間を信じて付き合います。文字ではさらっときれいごとですが、匂いも音も表情も体力もある実践です。それが年度の後半になってくると対話がそれぞれの困りごとを包んでいく姿が出てきます。スタッフだけではなく子ども同士がSOSを受けあえる関係性が芽生えていきました。年度終わりの3月には、このままもっとここに居たい。自分には仲間が与えられたんだ!!という喜びを感じる姿が溢れていきます。
文章にはこうもありました。≪僕らは役に立てていないのかもしれない。最後は傷を広げているのかもしれない。問いは問いのままで結論は出ない。それでもケアというものは見えていないものを見ようとする心の働き。おとなも抱えこまないで共有するバックヤードをもとう!≫
保育の世界が対話に満ち溢れた世界になっていきますように、政治の世界には、もっといい意味での関心と興味をもつ人材が現れますようにと、切望しています。 松本晴子