2009年5月号

本物との出会い


WAKU-BLOCK(木製積み木)を、ホールで使える日を、今年度も設け始めました。
主に水曜日の9時30分から10時20分までです。たくさんあればあるほど、取り合いをせず、自分のイメージを実現しやすい現実を踏まえて、ここ2年買い足しながら、増やしている途中です。
日本のかばの木を寸分違わぬ精度で職人が削って、創っている童具です。それを考え製品としている和久洋三さんは、本当に今目の前にいる子供を慈しめる素晴らしい方です。今(子供時代)は二度と戻ってこないことを、本当の意味でよくご存じのデザイナーであり、教育者です。
そんな和久さんの教育観に惹かれて、園の子供達と積み木で遊ぶ時間を大切にしています。今年度は5月の終わりに初めて出してみました。その日は12,3名で作り出しました。普段は元気いっぱい動き回ることの多いお子さんが、真剣なまなざしで何かを表現していく姿を間近で見ることは、とても幸せな時間となります。幸せの中身はとても濃いといえましょう。崩れたら、もう一度やりなおせばいいんだということを、子供達は次第に学んでいきます。美しいと感じることの心地よさを、知っていきます。美しいものを一緒にながめてくれる人がいることを、喜んでいきます。そして、大人が思ってもいない表現をすることで、神様に一番近い存在であることを、私に示してくれます。
先日は立方体を交互に積み上げてタワーにした中に、Mくんが色板を落とし始め、そのうちに何人もが色板を中央の空洞に、入れ始めたのです。とうとう満杯になって、お片付けとなりました。
「よし崩そう!」となって(これが子供は大好きなんです!)、積み木を一押ししたところ、周りの積み木が落ちていくその後を、まるで花びらが散るように、色板がはらはらと周りにこぼれていったのです。その思いがけない美しさに、みな一瞬言葉が止まってしまいました。もちろん私も…。
童具館に興味がありましたら、こちらをのぞいてみて下さい。URL:http://www.dougukan.com/
和久さんの著書も素晴らしいです。
園長  松本 晴子

流しそうめん


先日流しそうめんごっこをしました。樋を出すと「流しそうめんだ!」という声が上がったのが始まりです。毛糸を流して手や割り箸ですくいます。流れるそうめんをつかむのはなかなか面白く、いろんな子が遊びに来ました。毛糸を流したい、水を流したい、下に木をおいて樋を高くしよう。大人から見れば不安定な土台でも、子ども達にとっては、今その目的が達成できればOK。樋を乗せた木が倒れれば起こすだけのこと。もっともっと繰り返して木を起こし続ける事に疑問を感じれば、頑丈な支えを作り出す子が出てくるのかも知れません。その時は協同の知恵となって広がっていくのでしょう。
流れる水は川となって、そうめんとは違う意識で水遊びをする子も出てきます。違う遊びが同じ場に生じればそれぞれの主張も。「そこはこうして!」「そうやらないで!」途中に言い合いもありながら子ども達は思いつくままに遊びに向かいます。
そうめんに話を戻すと、問題が一つ出てきました。水を汲む人が少ない事です。皆、流れるのを見たいし、汲んでもらった水を自分で流したいのです。「先生、水汲んできて」「もう一回汲んできて」「もっともっと・・・」先生は自分の願いや希望を叶えてくれる人!いやいや、それとこれとは話が違う、と私はちょっとだけお手伝いしました。そして大きなバケツに子ども達が汲みやすいように水をためました。子ども達はそこから自分で汲み始めました。
自然のうちに子ども達は自分を出し友達のやり方を見、やりとりをし、先生が汲んでくれないと思えば自分で水を汲み、時には役割をかって出て・・・時間はあっという間に過ぎていきました。
小林悠子

つくしっこクラブ
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