2013年6月号

6月の試練


新学期が始まって3ヶ月近くたつと、子どもたちのドラマはより複雑になってきます。今まではお互いに新年度なのだからというウキウキ感、気負いなどの特別感に浸って通り過ぎていたことが、緊張がほぐれそれぞれが成長して自分の意見やイヤ!を言えるようになり、え!!と本人が感じることが増えてきます。そうすると、調子よくきていたメンバーの中に小さなぎくしゃくが繰り返されるようになります。
BくんとCくんは新クラスで友だちになりました。ほとんど一緒にいるような感じです。そこへ最近は旧クラスのDくんがふらりと現れては「ぼくBくんと前から友だちなんだ。」と声をかけて近くにいるので、Cくんは心なしか穏やかではないようです。自分に与えられていた平和が壊れるかもしれない。。。一方、新入の方の生活のくせはだいぶわかってきていますが、本人がやりたいものをうっかり進級児や保育者が手を出そうものなら、怒ってかんしゃくを起こす姿も6月は多くなりました。あ、しまったと反省しきりですが、ミーティングなどを通して、関わり方の確認をし直しながら、励んできました。そう、6月は保育者もちょっとぎくしゃく大変な時期なのです。コミュニケーションって何なのでしょう。抽象的すぎてよくわかりません。
ただ、出会いとはこういう複雑さがあるんだ。幼子は苦労して消耗して今を生きているんだ。それだけ頑張っているんだ。織り交ぜて与えられる発見や刺激、没頭という楽しみを受けて、プラスのエネルギーとマイナスのエネルギーの火花を散らしながら、精神活動しているのが生きるということなのだと、強く感じるのです。
「は~。。。」とため息をつきたい身体のKくんと静かになったテラスに腰掛けて、桜の梢を見上げました。「風が気持ちいいね。」とだけつぶやきながら。
園長  松本 晴子

植物の生長を見守りながら…


6月は、「まだ、あそびたい!!」と言って入室を先延ばしにする子ども達を相手に、作戦を練る毎日でした。どうしたらスムーズにクラスの主活動に移れるだろうか。もっと遊びたいと言う気持ちはわからないでもないのですが、譲れないこともあります。また、わかってもらえないことがあっても、先に進まねばならない時もあるのです。(なかなか上手くいかない…。)でも、考え続け思い続けることの中で見えてくるものに意味があるのかもしれません。

★子どもにとっての「光」って何でしょう?
ゴールデンウィークの谷間に定植されたキュウリの苗から、立派なキュウリがもう3本収穫されました。日ごとに長さと太さを増すのを目の当たりにして、「どんどんなるなるキュウリ」という名前の通りだと関心しました。ただ、3本の苗は並べて植えられたのですが、その後の日当たりに大きく左右され、株や葉の大きさが大・中・小と悲しいほどはっきりと異なってしまいました。初めは同じ(可能性を持っていたはず)だったのに…。3本の姿を目にする度に、植物には光が大切だということをはっきりと知らされました。

★子ども達一人ひとりにとっての「適量」ってどれくらいでしょう?
ここ何年か春先に芽吹いても、暑い日が続くようになると水やりを忘れたがために枯れてしまっていたアジアンタムの鉢にやっと緑の葉が茂り出しました。今年だめだったら捨てようか。いや、来年だめだったら捨てようと、何年も捨てられずにいた鉢です。もし、根が生きているなら、チャンスはあると思っていました。今までは、根が腐ってしまうのではないかと遠慮していましたが、今年はどんどん水をあげてみることにしたのです。やはりどの植物にとっても「適量」の水が必要。しかし、この「適量」が難しい!!
フリー  深谷幸代

つくしっこクラブ
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