2014年2月号

絵 本 空 間


今年度も絵本の貸し出しは、お母さまがたのサークル『わたげの会』のメンバーのご奉仕で、無事に終了を迎えようとしています。2階の一角にある小さな絵本コーナーはたんぽぽ文庫と名付けられ、子どもたちにとっての居心地よい場所として、人気の場所です。ひとりになりたい時に上がってくる子はソファーの背を表にして、本人が何をしているか見えないようにしつらえて、じっくり絵本に見入っている。また仲良し二人でブロックで作った武器を片手に世間話をしている。(テレビの話題とかゲームの話とか習い事のエピソードとか。)はたまたテーブルをベットにして、保育室からままごとセットを持ち込んで、絵本を小道具にして並べて学校ごっこをしている。ある時は友だちから何かを言われて心複雑になった自分を見られまいと、一人ここで泣いていたり。時には「おー今度これ家から持ってきてよ。」というような密約を交わすのに誰もいないこの場を使ったり。建物と人間の関係を学ぶ場であり、一人になることで子どもの内面を育ててくれる場でもありました。
もう一つの効用は、貸し出しのお母さま方が、この時期の子どもとは?ということを実地で学ぶ事のできるふれあいの場であるということです。サークルの定例会で伺うと、貸し出しの時間がご自分の癒しの時間になっているとお感じになっている方は、多いようでした。園での我が子の姿を知る。→色々な子どもの姿を知る。→子どもの世界を知る→子どもにふさわしい援助をしようとする。というように、お母さま方が成長していくのがわかるのです。そうすると少し親として安心するのかもしれません。色々あるんだと理解するからです。一方お子さんの方も、自分のお母さんではないお母さんがいて、にこやかに付き合ってくれることで、Fちゃんのお母さんはこんななんだというように、全身で人間を吸収していっているのです。快く貸し出しの手助けをしてくれる存在として、信頼を身につけていく。
大好きな居場所で絵本をながめる幸せを幼い頃に得られるように、来年度も励みたいと思います。『子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)』(こぐま社 松岡享子訳)お薦めします。
園長  松本 晴子

想像してみました


思いを込めて発せられた一言はある意味勝ち取った言葉であって、その人の思いや価値観まで垣間見ることが出来たような気がしてきて、受け取った者はさらに想像力をかき立てられるもののようです。その言葉に辿り着く迄の過程を考えると、自分自身を含め人の弱さや足らなさ全てを肯定する心境になるからなのでしょうか、嬉しくなってきます。いや、本当に励まされるというか、元気をもらえるんですよね。

★「最高の演技ができた!!」 その時コーチは…
浅田選手の成功は実にドラマチックでした。あのショートプログラムを佐藤コーチはどんな思いで見守り、フリーに向かわせたのでしょうか。4年間この日のために、大事に育ててきた選手です。このまま終わらせるわけにはいかない。今、何が出来るか思案したに違いないのです。どんな表情でどんな言葉をかけたのでしょう。見事な立ち直りの背後には何かがあったはずです。一連の演技の裏で佐藤コーチは何を感じ、何を伝えたのでしょう。「私が佐藤コーチだったら…」という仮定の中で、妄想はどんどん暴走していきました。是非、本にして欲しいです。  (絶たれた望みの先に、なおも光を見出そうとした夜があったことを覚えておきます。)

★「先生の声は小さいけど、うるちゃい!!」 その心は…
降園の準備中、テーブルに上がってあそんでいる3歳児A君に帰る準備を促そうと近づきました。話を切り出すと、体の動きを止めちゃんと聞いてくれているようでした。しかし、静かに、子どもにしては珍しく声を抑えるようにして(保育者の真似?!)上記の言葉を返してきたのです。保育者は確かに大きい声を出さないのが常です。「うるさい」という言葉には、「大きな音や声で騒々しい(→耳の負担になる)」という意味で普段使われますが、たぶん、「先生の話す内容は耳ではなく心の負担になる」という訴えなのでしょう。「私の声は小さいけれど、うるさいと感じるんだね。」「うん…。」「私の話は聞きたくないんだ…。」「そう…。あっちへ行って。」「分かった。じゃ、行くね。」 思い返す度笑ってしまうほど穏やかな会話でした。(その後は、他の保育者と連携し、新しい作戦で臨んでいます。)

3歳児の君にダメ出しを受けるなんて…でも、変な言い方かもしれませんが、保育者と対等な立場にたっての発言に対しある種の敬意を払うべきだと感じました。生活を共にし信頼関係を築きあげる中で、豊かに語彙を獲得し、相手に配慮(!?)しながら一生懸命思いを伝えようとする姿は感動(?!)ものでした。
虹組担任 深谷幸代