2015年12月号

暖をとりながらの団欒


アドヴェントの日々が終わりました。イエス様の御降誕を祝うクリスマスまでの数週間は、なんともわくわくする日々のように見えました。ある日S先生とこんな会話をしました。
「あ~幼稚園の子どもたちのようなこんなクリスマスを、私も送ってみたかったな~。楽しそう。」
するとS先生は、ご自分の家庭でのクリスマスは、本当にサンタさんが来てくれて、願っていたものを置いていってくれていると、ずーっと信じていたこと。あの、クリスマスの朝起きたときのわくわくした気持ちは、今も忘れられない。と語ってくださいました。私自身は今はクリスチャンですが、育った家庭はそうではなく、なぜかクリスマスの思い出は、思い出そうとしても思い浮かばないのです。ですから、ローラ・インガルス・ワイルダー作の『大きな森の小さな家』や『大草原の小さな家』の本やNHKの放映を見るようになって、クリスマスを家庭で祝うまでの日々に、恋い焦がれたものでした。家族それぞれが相手に内緒で、ささやかな、でも精一杯知恵を働かせたプレゼントを準備していくのです。妹のローラは姉の手際よさに嫉妬したり、町の裕福な家庭にすごく憧れたりもするのです。そんな社会勉強をしながらもこの特別な日を精一杯祝い、救い主は最初に羊飼いの所へやってきたというような聖書の話を、夕食の後暖炉の前で父母から聞かせてもらうのです。
そんな空気感を幼稚園でも持つことが出来るのか私にはよくわかりません。かたや戦い物の映像は多く流れ、物品の宣伝は空気化し、食べていくために忙しいのではないけれどスケジュールは詰まり、多様性を受け入れる隙間がないかもしれないのですから。ある時代までは、生活するのに毎日同じ事が繰り返され、逆にその中の小さな変化を味わい、慈しみをみいだすことができました。そうしないと生活が単純でつまらなくなってしまうからです。でも今は社会が早く動きすぎているようです。特に日本では心が傷ついてしまう子どもたちや若者が多すぎますから。人と人とが肌寄せ合って温め合うお楽しみの時がなくなっているのですもの。夕食後の暖炉やたき火の前での家長の語りや婆さまの昔語りは、子どもにとってきつい労働があった時代、それを癒す力があったのでしょうね。羊飼いの生活しかりです。そんなことを思いながら、2015年を見送りました。新しい年はもう少しゆっくり流れる世界になってほしいと、心底願います。

新人の悩み事


「キリスト教系の保育施設でよく聞くことばなんだけど、クリスマスの時期は発表や準備で悩んだり、忙しすぎて、クリスマスがクルシミマスになっちゃうんだ。」
新人達 「えーー!」
その驚きようは、そこまでではなかったということなのかしら…


園長  松本 晴子