2015年2月号

もがきながら


「ぷりぷりさん。」すぐふくれてぷい!と不機嫌になる子どもの場面に出くわすと、心の中でつぶやきます。そうすると相手をちょっと客観的に見られて、怒っている様子も距離を置いて見ることが出来るのです。
もちろん最初から出来たわけではありません。歳を取ったからこその技かもしれませんが、お子さんは自分の不出来な行動をそのまま受け止めてもらえる安心感に、行動を変えてくることが多いなと感じます。
二人の男の子がにらみあっています。彼らは友だちです。急にたたかれたことに、一人が不満なのです。
たたいた方は動きが止まってしまって、何も言えない状態でした。「Bくん、言葉で話す前に僕すぐ手が出ちゃうんだ…。とこの前言っていたじゃない。きっと今日もやってしまった!と悲しい気持ちになっているんだと思うよ。」Bくんはそれを聞いてうなずくと、棚に顔をうずめてしばらくじっとしていました。自分へのふがいなさとジレンマに苦しんでいるのかもしれない後ろ姿にせつなくなりながらも、その場を去りました。背中に手をあて、「大好きだからね。」と声をかけながら。たたかれた方も、我慢ができないとはどういうことかは体験しているので、Bくんの状況を汲めたようで、立ち上がって他のことを始めました。まったく素晴らしいメンバーです。私はそう思います。包容力が育ってきています。
世界の中で過激な行動を起こす若者がいます。過激さは目立つので、特別な人間がやりだすことのように見えるかもしれません。でも人は誰でもそうなりうるのではないかと思うのです。いたたまれない自分がいて、でも自分にもきっとなにかいい部分がある。自分がこの世界に生きている理由が何かあるはず。そうもがきだすまっすぐな部分。それがなければ生きている意味を見失って、この世から消えてしまいたいところにいく。そうやって苦しんでいる状況の人に、無関心な対応が無造作に投げかけられることは、往々にしてあるのだと思います。もし「大変だね。」「苦しいみたいだね。」とかたわらに立ってもらえれば、過激さへの舵はきられなかったのでは、という場面は、世の中にきっといっぱいいっぱいあるのです。世界が荒廃していくように見える今、こんなことばかり考えてしまうんですよね~。
園長  松本 晴子

2月の幼稚園


★自分の居場所★
3学期も後半になり、園庭では集団で遊ぶ姿がよくあります。同じクラスの仲間、同じ年齢の仲間、○○をしたい仲間、等など・・・登園時間はばらばらでも「あそぼ」「いいよ」「入れて」「いいよ」と声が自然に行き交い、時間と共にメンバーが増えていく光景は微笑ましいものです。“毎日友達と遊べる”という事は大きな喜びであり、子ども達の心の支えである事を思わされます。

[1] 3歳児さんの入室時間。「そろそろお部屋に入る時間ですよ」の声に、片付けを始めました。運ぶのはビールケース。一人一個くらいずつ片付けて、最後の一個は全員で端を持って運びます。お部屋まではかけっこです。誰かの合図で「よーいどん!」・・・ところが、「待ってよぉ!」とスタートに間に合わない友達の声。みんなはスタートまで戻り、そろうまで付き合って待ちました。年少さんの仲間意識、友達への気遣い。こういう小さな場面からも、子ども達は自分の居場所を感じているのです。

[2] CちゃんにはDちゃんという大好きなお友達がいます。ある日「今日はね、Dちゃんとプールに行くんだ」と言ってバスを降りていきました。そして次の日もまた「今日ね、Dちゃんとプールに行くの」と…?二人で約束したのでしょうか。子ども同士の約束や話しは現実にならないことも多いことでしょう。でも、そうしていろんなことを想像して共有する一時は、何とも幸せな楽しい時間なのだろうなと思います。“友達”っていいものですね。


★臨機応変★
トイレにみんなで並んで待っていた時の事。「Bちゃん我慢できないだって」と年長A君が年少Bちゃんの背中を押して前に連れてきてくれました。おかげで間に合いました!臨機応変!嬉しい気遣いです。


★一人の時間★
テラスでE君が泣いています。F君にちょっぴりしつこくして怒らせてしまった様子。担任はE君がどう立ち直るのか様子を見守り、必要以上に慰めたり声をかけたりしません。こういう事って誰でもあります。
悲しいし寂しいけれど一人で自分を見つめる時間。大事な時間です。

小林 悠子