見えず 気づかず

各地での河川の増水による被害のニュースは、子どもたちも目にすることがあるようです。今年は雨が多く、曇り空の下少しでも庭に出られそうな日は、貴重ないっときとなります。幼稚園には大雨が降るとさくらGへと向かう廊下の天井から、雨もりが起きるんです。2階建て園舎と1階建て園舎のつなぎ目に問題があるようです。工務店さんに何回もお世話になりながら、根本解決には至らず。タオルとバケツが置かれたところを、子どもたちが通り過ぎていくのを見ながら、何人かはなんでだろう??と思ってくれるかなと期待したりもします。

子どもたちが細やかなところに気が付く存在であることに、いつも目を見張ります。そのことを素直に口にするので、どきっともします。「はるこせんせいは、かおになんでいっぱいぼつぼつがあるの?」(これはほくろのことです。)以前はどぎまぎして口ごもりましたが、今は応じられます。「神さまがわたしにプレゼントしてくれたんだ~」と。「ふ~んそうなんだ。ぼくにはないな~」これで終わりになります。そうできると楽になります。先日5歳児の子どもたちに、礼拝の中で聞いてみました。その人のやっていることが心地よくて愉快な気持ちになって笑う。へんなの~と友だちと顔を見合わせてこそこそ笑う。相手を笑うことで人を悲しませることがあることを意識してみました。5歳児くらいになると、子どもたちはばかにされて笑われる体験がわかってきます。それはとても傷つく体験なんだと。

先日園の庭を歩いていて、初めてのように気が付いた花がありました。写真の花です。この植物はずっとそこにありました。毎日前を歩きます。それなのに、開花した色合いになんて美しい花。こんな花あったかな?!と見とれてしまいました。見ていたのに見えていなかったのです。存在感を日陰できらめかせる出会いは、今だから与えられたのかもしれません。そういうことにしようと思います。しばし豊かな出会いにときめいたのでした。  園長 松本晴子