2014年5月号

刻まれていくもの


「れもーんくん、れもーんくん。」と話しかけるのが、私の密かな愉しみでした。セキセイインコのれもんくんはいつからか呼びかけるとこちらを親しげなまなざしで見つめ、「くちゅくちゅり、ぺちゃこちゃり」とおしゃべりを始めるのです。とっても臆病で、園庭のはこべを採ってきて蕾の付いたところを差し込んでも、これはなんだと緊張し、ついばみもしませんでした。子どもたちはれもんくんのあまりの黄色さに、「本当に黄色だらけだね。」「くんなんだから男なんだよね?」とカゴの脇を通るとき、ちょっと覗いていきます。そんなれもんくんが、子どもたちがいない庭に時々やってくるからすに、突かれてしまいました。油断でした。
数日後、亡くなったれもんくんのお話を、誕生会の後に子どもたちみんなに伝えました。情報を知っていて「そうなんだよ。からすに~。」と話し出すお子さんも、からすのことを淡々と話していました。しばらくしても「からすの野郎」というような憎々しげな表現は耳にしません。そのことがわたしの心をほっとさせてくれます。抹茶アイスバーの空き箱に、はるじおんが一本セロテープで留められて、れもんくんの亡きがらのそばに置いてありました。また意味がわからず、れもんを触ってみる子、私が寂しいだろうからと、「また買ってくればいいよ。」と励ましてくれるお子さんもいました。以前だったら教育者ぶって、すぐ買うなんて。。。安易すぎると閉口した気持ちになりましたが、歳を取ったのか、気遣ってくれたんだな~と思えるようになりました。おうちで泣いてくれた方も、お墓はどこと聞いてきた方も、アクションがなかった方も、それでいいんです。れもんくんは心の中に、傷を残していってくれました。滲みるけれど、滲みるあなたがいて、よかったです。れもんくんは子どもたちとのやりとりを、不思議そうにそばで眺めていたのかな。そんな絵が浮かんでしまう今です。
園長  松本 晴子

5月の幼稚園


★僕の青虫知りませんか?★
A君は大切な青虫を置き忘れてしまいました。見つかったのは空のケースだけ・・・涙が一杯こぼれ、諦めきれず各クラスに聞いて回りました。「僕の青虫知りませんか?」「僕の青虫いませんか?」
でも悲しいことに誰も知らなかったのです。
午後、A君は青虫探しの続き。そこにB君からの朗報が!「これならいたよ。ありが運んでいたから少し弱いけど」といって違う種類の青虫を届けてくれたのです!A君は「ありがとう」とその青虫を受け取りました。B君は違うクラスの年長さん。悲しそうにクラスに聞き回っていた年中のA君を心にとめていてくれたのです。子ども同士のやりとりは本当に素朴で「青虫いたよ」「ありがとう」で終わりです。でもそのやりとりによって心は温かく満たされ、お互いの心に残るのです。もらった方もあげた方も。


★ひろがる夢★
宇宙図鑑を見ているC君のお話し。「先生、これはね、ほうきみたいだからほうき星って言うんだよ。宇宙は暗いんだよ。暗いと寒いんだよ。僕、宇宙に行ってみたいな。そうだ、パパにロケット作ってもらおうかな」
パパに作ってもらったロケットで宇宙へ飛んでいくC君の姿。知っている事と知らないことが一杯の宇宙。広がる夢をC君と共に想像して楽しみました。


★真似してみた★
おしゃれを意識したDちゃんは爪をカラーペンでそめてマニキュアごっこ。
次の日。E君(年少)の左手の爪はまっ黒でした。いつの間に見ていたのでしょう。きっとE君は家にあった黒いペンで自分でそめたから、左爪だけ黒いのです。“友達の遊びを見ていた”ってこういうこと。“やってみたい”を引き出すってこういう事。だから“見ていることは大切”なのだと思います。


★改めて考える★
思い出したようにF君に聞かれました。「先生、“ふじさん”って人なの?山なの?」 初めて考えました。